アナタのためにフロアコーティングのサイト

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「御用はないですか」としか訊かない。
「御用」を探し、必要だと思ったら頼むし、必要ないと思ったら頼まないと決めるのは、自分自身だ。 そこがポイントなのだと思う。
自分でできること、できないことメンテナンスの基本は、あなたがいかに自覚的に日々の暮らしを生きているか、ということではないだろうか。 自覚的に暮らすことで、ちょっとした不具合が起きればすぐに気づく。
風呂場の床を踏んだときに、なにかぶかぶかする気がする。 おかしいな、と思う。
北側の押人れを開けると、いつもカビくさい。 ちゃんと換気もしているし、掃除もしているのに、なぜだろう。
ドアノブをまわすたびに、どうもまわしづらい。 空まわりしている感じがする。

前は、もっとちゃんと手ごたえがあったはずだよね。 外から家を眺めていたら、軒の下のペンキがだいぶ剥げている。
そういえば、家を建てて以来、いちども替えをしていなかったっけ。 けっこう激しく剥げてるなあ。
そろそろ、塗り替えどきかもなあ。 そう思うことから、話がはじまるのである。
人から「ここが不具合じゃないですか」と言われても、自分がいちばん家のことを意識しているという自信があるなら、「大丈夫です」とはっきり答えられるだろう。 気づいた不具合が、油を差す、ちょいちょいとペンキであたる、釘を打ちなおす、破れた障子を張りなおす、といった自分でメンテナンスできることなら、自分でやる。
それは、ちょっとした気晴らしになる楽しい作業だ。 たとえて言うなら、子どものオムツ替えを人がやっているのを見ると「めんどうくさそう」と思っても、自分の子どものオムツなら「かわいいお尻」なんて思いながらめんどうくさいながらも楽しくできてしまうようなもの。
そして、床板をはがして張り替える、広い面積のペンキを塗り替える、水道工事をする、といった自分でできない作業なら、業者を頼む。 つまり、「御用」を頼むわけ。

そうやってメンテナンスを繰りかえしていくことで、家とあなたの相性はさらによくなっていくに違いない。 もちろん、家の寿命が長くなることは、言うまでもない。
このところ、テレビ番組では住宅リフォームの企画が多い。 「匠」と称する若造が出てきて、依頼をした人の家に、自分のセンスであっと驚くリフォームをする。
客が要求するのは、「こんな不満がある」「予算はいくら」だけ。 そして、数日後、すてきに生まれかわった家を見て、「わあー、きれい!」「うちじゃないみたい」と驚嘆する。
噴飯ものとはこのことだ。 怒りをとおりこして、こっけいでしかない。
おそらく、「きれい」な家は、数日後には前と同じごちゃごちゃに戻っているだろう。 せっかくかっこよくつくった玄関は、元のように雑多なものが詰めこまれた場所になっているだろう。
狭い家を広くするために設計者が凝らした数々の工夫は、住み手がその工夫を使いこなせなくて、ただのじゃまな出っぱりになったり、どこかに片づけられたままになったりして、忘れ去られていくだろう。 他人がいくら工夫を凝らしても、あなたにとって自発的なものでなければ、ただのおせっかいでしかない。
つまり、他人の知恵は身につかない、のである。 リフォームは、まずは、メンテナンスではどうしても解決できない不具合があるときに考えたい。
たとえそれが、「こんど生まれた子どものための部屋がほしい」などといった新しい事態だとしても、現状に手を入れるだけでもどうにかなるはず。 言い換えれば、まず現状でなんとかしようと考えないですぐリフォームしても、ほんとうに有効かどうかあやしい、ということ。
これは、物があふれて困っているときに、物の取捨選択をしないでいきなり新しく収納家具を買い足しても、解決しないのと同じことだ。 ほんとうに必要だと判断したら、自分の頭で「どうしたら使い勝手がいいか」を考える。

「おみせします」では、ぜったいに、いいリフォームはできない。 私かそれを痛感したのは、以前の家で、ウォーウインクローゼットを増築したとき。
いくら着ない洋服を捨てても、きちんとたたんでしまっても、すでにあるクローゼットや箪笥では衣類が収まりきらなかった。 しかも、寝室だけでは家具が足りず、夫の部屋に夫専用の箪笥を置いていた。
すると、夫の衣類が寝室に「とりあえず」かけてあることがしょっちゅうになった。 それで、これ以上収納家具を増やすよりも、押入れの裏のデッドスペースを利用して、ウォークインクローゼットを増築したのである。
増築にあたっては、自分で見取り図を考えた。 どれだけのハンガー用バーが必要か、引きだしはどのくらいの深さでどのくらいの数が必要か、家族の衣類の数や分類を考慮して、具体的に決めた。
それをもとに、大工さんと建具屋さんに相談して、できあがっだウォークインクローゼットは、期待以上に使いやすくなったのだった。 あまりに使いやすく、しかも思いどおりにできた嬉しさで、そのウォークインクローゼットは私の大好きな場所になった。
引っ越すとき、その小さな空間にお別れを言いにいって、思わず涙をこぼしたほどであった。 「不満がある」「こうしたらいいのではないかと考える」「やってみる」「よくなって満足する」という一連のプロセスがあって、はじめてリフォームは価値のある結果を生むのだと思う。
付けくわえると、私たちがその家を手ばなし、いまの家に買い替えようと思った理由は、夫婦それぞれの仕事場があまりに狭く、お互い仕事にならないことが耐えがたくなっていたこと、子どもが生まれて部屋がどうしても足りなくなってきたことだ。 でも、それだけが理由ではない。
ちょうどその頃、その家にたいして、「私は、もうできることはぜんぶやった。 この家は、これ以上、住みやすくはならない」という感覚を持っていたことが大きく背中を押したのだと思う。
つまり、もうこれ以上やれることはない、と思えるほどにメンテナンスやリフォームをやってきた、と努力した自負がある。 それでも仕事に支障がある、狭い、といった不具合が解決しない。

そのときはじめて、「新しい家に住み替えたほうがいいのではないか」と思うようになった。 きっと、私にとっては、家を住み替えるのはリフォームの延長なのだ。
ステップアップとか、資産形成ではない。 住みやすさを考え、できることとできないことを考えあわせた結果なのである。
玄関や床の間、縁側のように、家には一見無駄な空間がある。 その無駄な空間が、家にゆとりやいごこちのよさを備えさせる。
日本の伝統的な住まいには、さいしょから「型」としてそういう空間があったから、私たちはすでにある空間を活かせばよかったのである。 でも、いまの住まいには、「型」がない。
家をつくるメーカーやデザイナーは、苦心して家を魅力あるものにしようとし、狭い面積をより広く活用できるようにしようとして、いろいろ試行錯誤している。 その試行錯誤の過程で、住まいから無駄な空間がいったんなくなってしまった。
その後、「やっぱりゆとりは必要なんだ」と発見した人たちが、無駄な空間を取り入れようと努力しているけれど、かつてのさりげない無駄な空間ではなく、いかにも「ここがゆとりの空間なんですよ」と主張しているような空間しかつくれないでいる。 階段の踊り場にしつらえてある飾り棚や、壁のニッチ(くぼみ)などが、典型だろう。

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